<   2007年 12月 ( 44 )   > この月の画像一覧

今年いちねん みなさまに助けられました ありがとうございます

除夜の鐘の準備がはじまっている
うちの家族はいつもと変わらぬ
父は読書 
母は洗濯物をたたんでいる
わたしは原稿を書いて ときどき居間にでて
家族と喋ったりしている
釜ヶ崎では 越冬闘争している

パレードで歩いたのが 一年を締めくくれた実感があり
すっかり 落ち着いて 新年をむかえらる

あるきながら ゆるす ということを考えてた

それは 自分のやったことを ゆるしてほしい という気持ちの
あらわれ
ゆるしてほしいとおもうぶんだけ 
いろいろ ゆるせるなあ とおもわれ

どう考えても ゆるしてほしい事柄のほうがおおくて

ほんとうに今年もまた
みなさんのおかげで なんとかやってこれました
ありがとうございます

そして 来年はどうなるのか まだ見通しもないので
またもや どたばたしているとおもうのですが
どうぞよろしくおねがいします


今日の新聞には この一年に亡くなった方の名前が
掲載されていた
有名な人たちの名前をみているうちに
無名のたくさんの死者が
今年 生まれたのだと わかる

あの人も亡くなったのだな とおもい
みんな亡くなっていくなあ とおもう

8年前に亡くなった祖母の仏壇で線香をあげる
とても ふしぎな気持ちになる

いまは いない祖母が
でも どこかで生きているような気がしたのだ

雨戸を 強い風がたたいている
誰かを呼ぶように
呼び起こすように
[PR]

by books131 | 2007-12-31 21:26

新年は風にのって運ばれてくる

窓を つよい風がたたいている
新年は風が運んできてくれるのだろう

今日は 午前中に原稿をすこし書いて
煮詰まってしまい 畑にいくことにした
着物のうえに パンツをはいて ひたすら変な格好で
でかけていく 赤い毛糸の帽子

雨にぬれた あぜ道はぬかるんでいる
枯れたススキ
曼珠沙華の葉だけが つやつやと緑で
こどものころ 段ボールを敷いて滑って遊んだ
池の表面も冷たい木の葉
山の景色もかわりなく 冬のまま

そんな情緒もふっとぶくらい

立ってられないくらいの強い風で
母とふたり こりゃ 飛ばされてしまう と
大根とにんじんと ほうれんそうと サニーレタスと
ルッコラと まな とかいう野菜とかを とって 籠にいれると
さっさと 退散する
父はゴルフにでかけていった

それから 母はおせち料理をつくりはじめ
また わたしは原稿を書き始め
また煮詰まって くりきんとんの さつまいもを裏ごしする

お昼ご飯をたべて
ネットにつないで メールチェックして
ほかの仕事のことを思い出したりする

近所の家から掃除機の音がする
門松や しめ縄が飾りつけられ始める
年越しって けっこう限界芸術かも と思ったり

今日はどこまで原稿がすすむかしら


昨日のパレードのことを 考えている
無名
アイデンティティの問題 
連帯
消費
歩く
表現


いまごろ わたしのあたまは パレードをはじめたのね

歩いているときは 先頭だし
いちおう声かけた側だがら いろいろ気もつかうし
あんまり考えることができなくて おわってから 考え始めたのね
頭のなかのパレード
[PR]

by books131 | 2007-12-31 14:45

パレードも無事おわり 年越せそうな気持ちがしてきた

吉野は みぞれまじりの雨が朝から降っていて
寒い

このなかを歩くのか と気が重くなりながら
大阪に向かうと 大阪は晴れていて
ひなたはあたたかい

市役所前には 警官も5人ほど来てくれていて
もしかして参加者のほうが少ないかも、、と心配する

けれど のべにすると25人ほどが参加してくださった
0歳から58歳まで
道の途中で待っていてくれた人もいる
車いすの矢野さんも 最後までいっしょに
途中で抜ける人には 「よいお年を」と手をふって

歩きながら 喋ったり 考えたりして
それがよかった 一年の締めになる

マネージメントはぜんぜんできてなくて
そりゃ これで事故や怪我 トラブルがあったら大変なのだけれど
でも 統制されないマネージのなさが 心地よい

みんながすこしづつ 責任を分担しあい
声をかけあっている

もちろん こんな忙しい年末の突然の企画に
参画出来ない人もたくさんいるし
帰省の人も無理だし
いちばん仕事がいそがしい人だっているだろう
この日に ゆったり歩けるなんて
案外 ブルジョワかもしれん
でも 歩いてみなければ わからん
まずは 歩いてみる
そんなパレード「愛と表現のために」

もうひとりの首謀者 かいさんは
「無名のパレード」というのをおもいついたらしい

アイデンティティの問題なのらしい
つまり現代社会は アイデンティティをもつことを強要され
その役割に固定されてしまう
そこから 逃れて 360度自由にどんな立場にでもなれるように
無名の わたしたちが

この哲学は たぶん これからの社会にとても重要だとおもう
コンプライアンスが守られなくてはならない時代に
むしろ そこに矛盾をはらませる

社会学者のわたなべさんは「これからは あえて
矛盾を言っていかなくちゃ」と言う
 なるほど と思う

フェスティバルゲートの2階広場で
拍手で解散

矢野さんのトイレについていってるうちに
みんなと はぐれてしまった
高知のひこちゃんは 今夜泊まるところあるのかしら 
心配になるが ケータイもわからず もうしわけない気持ちになる
みんなと いっしょに 打ち上げしたかったんだけどな とおもいながら
近くの 大龍館という韓国料理屋にいって
何人かと合流する

そして 部屋によって 捜し物をしたけど
みつからず あきらめて 阿部野橋まで歩いて
近鉄電車で吉野に帰る

橿原神宮をすぎたところから あたりは真っ黒になり
こまかい雪が車窓にみえる

ぐんと気温がさがっている吉野に帰ると
あたたかい 白菜と水餃子のスープを母がつくってくれた
「パレードね みんな よろこんでくれたよ」と言うと
よろこんでくれた

みんなが あたたかく過ごせますように

いっしょに歩いてくれたみなさん ありがとう
いっしょに歩けなかったみなさん ありがとう

あと一日で 今年もおわりますが
とてもとても感謝しています
みなさんに助けられた一年でした
ありがとうございました

最後のいちにちは 原稿書いてます
[PR]

by books131 | 2007-12-30 20:41

明日はパレード「愛と表現のために」

ケータイにドタキャンの連絡が入る
ぎっくり腰になっちゃった とか
仕事が入った とか

ほんとにみんな たいへんな年越しだな とおもう
パレードよりも まずは 休養して元気になってほしいです

かくいうわたしも 他の用事なら
 「いまは原稿書きの缶詰で」 とお断りするとおもう

なんだか みんな いそがしすぎるし
しんどすぎる
これは やはり問題ではないのかな

吉野で三日目
わたしは 原稿に集中しているので
まわりのことは あまりみえていないのだが
それでも
ノイズがすくなく 優しい暮らしで
身体もこころも ほんわかしている
焦りが少なく 静かだ
問題はあるはずなのだけど あまり表面化しない

久しぶりにお墓にいった
けっきょく 墓掃除は父がしてくれて
お花を供えに行っただけ

それでも 手をあわせて お参りするのは
楽しかった
家族のかたち というか
手を合わせる仕草が 美しい
限界芸術かな と ふと思ったり

近所の陶芸をしている母の友人のところへ
歩いて出かけていって
作品や工房をみせてもらったり
お正月のお花をいけにきてくれた お花の先生と
お茶したり 今日も退屈せず 吉野暮らしを満喫

こころが とげとげしなくて まるくなるので
やはり ときどきは吉野に戻ったほうが
仕事の効率があがるかも とさえ 思える

あとは 畑を手伝ってみたいな
原稿さえなければ 連れて行ってもらうのだけど、、

それは 来年の楽しみにして
明日は パレードです

12/30 12:30 大阪市役所前集合  
わたしは ピンクの 愛と表現のために の旗をもって 立っています
解散は フェスティバルゲートですが 
無理せず途中抜けでも問題なしです
[PR]

by books131 | 2007-12-29 20:48

吉野の墓掃除に いく

今日の早起きはできず ゆっくり いちにちがはじまる
かるく朝ご飯を食べて
トークイベントの企画を練り
メールでできる仕事を片付ける

昼ご飯は コロッケと サーターアンダーぎーと
両親がつくった野菜のサラダ
さつまいものたいたん
高知の干しいも など 

近所の人から あんこのはいったお餅(つきたて)
カステラ などなどをいただき
いまから お正月の花をいけにきてくれるそうだ
物々交換があって すばらしい暮らしだとおもう

いまから 墓掃除だそうで
あったかくして でかけよう
[PR]

by books131 | 2007-12-29 14:03

雨の吉野は 霧のなかで

早起きはできず 遅めの朝ご飯からスタート
午前中に一本仕上げ 昼ご飯を食べて また書く
近所の仲良しのおばちゃんも来てくれて
世間話しておやつの時間
また原稿書いて 母親の洋裁室にはいり
つくってもらう鞄の布地をきめる

また かるく夕ご飯を食べて 原稿にとりかかるが
眠くなって ネットにつないで気分転換

仕事のメールのやりとりも
事務所じゃないので 書類がみつからず 不便である

今年はしんどかったね そんなメールが届く
社会全体が厳しくなっている
お友達の多い業界 アートや映像や NPOなどには
打撃のおおい年だったとおもう
この数年 年を追うごとにしんどくなっているように思う

とはいえ これが現実で
この道を歩いていくしかないのだな

喜びも この地続きにしかない


吉野は寒くて 夕方やんだ雨が また降り出した
漆黒の暗さだ
窓をあけると 向こうがなんだか なんにもわからない
飲み込まれそうな 真っ黒な山

かみさまが宿る

両親と話していると
吉野が好きだというのが伝わってくる

わたしは もうちょっとあったかいほうがいいな、、と思ったりするが
黙っている わたしも吉野が好きだ
ちかくに温泉があったら もっといいな

ストーブをつけて
「今日は正月みたいやね」と喋っている

いちにちじゅう 家にいて
静かにすごしていると たしかに正月みたいだ
年金暮らしの両親は わりとよく正月のようだという

近所の人のお母さんが亡くなったそうで 
父はお葬式にでかけていった

近所の老人たちは いつのまにか亡くなっていた
幼いころ かわいがってもらったの
さみしくおもう

みんな死んでいくなあ

仏教では 生老病死という
死は避けられないのに
こんなにもさみしい
慣れることもない

とりかえしのつかないおもいだけが
積み重なって
積み重なっているわたしも いつか死ぬ

そうおもうと 
妙なこだわりは捨てて
もっと優しく もっとしなやかに
もっと力強く 生きたいとおもう
[PR]

by books131 | 2007-12-28 19:17

吉野で暮らす

昨晩は はやく眠ろうとおもっていたけど
母親とおしゃべりしているまに 2時半をすぎてしまった

早起きをあきらめて ひさしぶりに ゆっくり朝寝坊をすることにした

でも 両親は朝から 起きて 畑に行ったり
年の瀬に いろんな人に宅急便で野菜やお餅をとどけるのだと
「ああ いそがし いそがし」と いそがしくしている

うちの母親は ほんとうにユニークなひとだなあ とつくづく思う

わたしは ひとりで遅い朝ご飯を食べると
パソコンにむかい 原稿にむかう

遅めの昼御飯をたべて
メールチェックして 窓の向こうにみえる雑木林

このちいさな山が好きだ

吉野へ帰ってくる気はないの? 

母親に昨晩聞かれた

どうだろうか 

帰りたい と おもう

けれど 仕事はどうなるのかな

50歳 60歳 70歳 80歳、、となって
むすびのおじさんたちのような歳になって
どんな暮らしができるのだろう

病気をしたりしないのかなあ

独身のままなのも まあしょうがないわな と思っている
でも どちらかというと みんなでわいわい暮らしたいほうなので
将来は グループホームを運営しようかな と思ってみたり
(入居するんじゃなくて 運営側にまわりたい というのが おかしい 性分かな)

どうだろう 吉野でグループホーム

両親はいまは とても元気で
介護とかお見舞いとか行かなくてよくて
ほんとうにありがたい
いつまでも こうあってほしい とおもうけど
人は年齢をとれば いろいろしんどいことが訪れる

おぎゃー と なにも考えずに生まれて(考えてたのかな?)

そして しんどくなって死んでいくのは どうも腑に落ちないが
それは しんどいのではなく
修行なのかもしれないね
あるいは 境地をひらくための

そんなことを つらつら思い
ストーブのファンのまわる音をきいて 原稿のあいまに
手をとめる

裏山にのぼってこよう 
[PR]

by books131 | 2007-12-27 15:42

引越完了と つぎの仕事

早起きをして 引越にむかう
これまで おせさんがお手伝いにきてくれたおかげで
荷物のあらかたは 西成店 新大阪へと運ばれていて
今日中に絶対おわるだろうと おもっていたけれど
それでも 怪我しないかな
無事に運べるかな と気にかかっていた

昨日から 知恵熱のように からだが火照り
たぶん興奮して? 血圧があがっているのだろう
唇がやたら 乾く

今朝 スタッフの遅刻という恥ずかしい事態はあったのだが 
(「8時半!」と 連呼したために
目覚まし時計を8時半にセットした というから
おもしろい)

朝のはやくから お手伝いに 20人以上の人がきてくれて
びっくり 感謝である
あっというまに 運ばれてしまった

ココルームは みんなのおかげでなりたっているNPOだ
わずかな謝金を用意したが ほとんどの人が
寄付です と言って 受け取ってくれなかった

むすびのおじさんたちも 重たいモノをもってくれる
あまりにたくさんの人がきてくれたので
いきあたりばったりで マネージできていないことが
ばればれになっていくが
みんな ペースをあわせてくれて
夕方5時過ぎには 怪我もなく 事故もなく 終了した

西成店には あらかたの配置がきまったようだし
新大阪も おおよそわかりやすく 段ボールを配置した

そして 新大阪では みんなの自己紹介をして
6時前には解散し
(みんなと わいわい引越打ち上げがしたかったのだが)
わたしは 難波と 西成店にもどって 雑用をすませると
新世界のかたのところへいって 挨拶をして
引越祝いと思って 
ひとりで 新世界のお店で夕ご飯をたべた

吉野に向かう準備をはじめ
9時半には 近鉄阿部野橋にいた
23時には吉野の実家で両親と茶をすすっていた

こうして 明日 朝から原稿書きに取り組める

30日の朝まで吉野ですごし
そして30日は パレードへ

またすぐに吉野にもどって
大晦日・元旦から2日にかけて原稿を仕上げたい
2万字が一本と
6000字が一本と
それから 原稿書き直しのものが8本
書けるだろうか

両親と世間話をして 母親のパソコン小部屋で
ネットにつなぎ
今日の引越の感謝をこめて ブログを書いて
いまから お風呂に入って
吉野の暗い静かな夜のなかで眠る

月があかるい
[PR]

by books131 | 2007-12-27 00:11

代表という仕事

昨夜のクリスマス会の終了後も
手伝ってもらって 引越梱包

今朝は10時から いろんな人がたちかわり
いれかわり手伝いにきてくれた
高齢のむすびのおじさんたち
高校を卒業するという若者
失業中のひと
いろんな人がきてくれた
車をだしてもらい 新大阪に3往復
西成には台車を押して何往復もしてもらった
電話の停止の連絡をしたり
もっていく冷凍庫の霜取りをしたり
引越も佳境にはいる

おかげさまで おおむね メドがたち
明日 なんとか運び出し作業はおわりそうだ

今夜は 「上町台地の100人のチカラ!」
52回目のゲストをつとめさせてもらう
引越作業を途中で抜けていくのは しのびなかったが
行って 「ココルームの総括 そしてこれから」を話させてもらうと
また違う角度で 引越のことや これからのことがみえてくる

こういう機会をいただけるのは
ほんとうにありがたい

ココルームの若いスタッフたち全員に 
こういう機会があればよかったのに  と思う
わたしがわたしが とひきうけすぎたのだろうか 
ふりかえってみる

ココルームがはじまり
アートとソーシャルインクルージョンという取り組みをはじめたとき
わたしには 外で話させてもらうことが 重要だった
そんな機会をつうじて 自分を他者化できたし
そして 社会とココルーム 社会と自分を客観的にみつめることができた

ある時期から もっとスタッフに譲るべきだったのだろう

役割を固定化するのはよくない と思っていたのに
外で話すという出番をわたしはひとりじめしていたのだ

行きたくもない社交の場へも行ったし
仕事が立て込んでいても でかけていった
つまり 出かけて そこで出会うことも仕事であり
営業であり 楽しみだと思っていたのも わたし自身だった

先方も代表者を招きたいと考える傾向もあろう
代表という立場の難しさ か

でも これからは このあたりのことも改善していこうと思う
スタッフとよくはなしあってみようと思う
[PR]

by books131 | 2007-12-25 23:39

蛇口のあるデスク

引越の感慨は デスクのまえに
蛇口がとびだしてきて ピークをむかえる

つもった時間が 片付けられて
蛇口から 水の記憶

整理されてきたが わたしのこころは
きちんと整理されているわけでもなく
人生の整理はずいぶん時間がたってから
行われるもののようだ

ココルームの フェスティバルゲートでの ほぼ4年半が
まもなく終わる

この間の おおくの時間をここで過ごしてきた
堆積は つながりと 経験と よろこびと 
死んでしまった若者たち
かすかな痛みもあって

蛇口はなにも言わない


いまから 阿倍野区民センターで
こどもと障がいをもつ人たちとワークショップ
クリスマス仕様で 作業所にクッキーを焼いてもらってある
今日は 音楽とことばのワークショップをする

夜は引越作業のつづきとクリスマス会
a0015380_1222266.jpg

[PR]

by books131 | 2007-12-24 12:02