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いきてるうちはなんとかなる を 突き抜けて

生きる という言葉をつかわずに 生きる
愛する という言葉を つかわずに 愛する

山口泉さんの「吹雪の星の子どもたち」の序詞のはじまり

この詩句を何度もなんども よみかえし 声にして
いるのに

いきてるうちはなんとか ならないことだってあって

だから 死んでしまう人もいる

死んだ人もいる

なんとか なるから と外野が言ってもしかたがないのか

なんとか する のは たしかに 本人で

その本人として こうして いま わたしたちは 生きている

もしかして いきてるうちはなんとかならない と思った人に

生きている わたしが 言えることは何か

後悔と 後悔と 後悔と 後悔のそのとりかえしのつかなさだけが 
ひたひたと 押し寄せる

生きてるわたしが いつか死ぬときまで わからないのか

弟のように思っていた友人が 自殺をしたと

遠いところから電話がかかってきた今日

いきてるうちは なんとかなる を 突き抜けて もっと 
強度のある 生きかえるくらい 力のある 言葉がほしい
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by books131 | 2004-05-28 21:17

越後屋にきぬさく音や衣更   其角

芭蕉の弟子であった 其角の夏の一句

都会的な伊達男 人気宗匠として 華やかな日々を暮らした

生涯 芭蕉を師とあおぎ 芭蕉も彼をかわいがったという
芭蕉の最後を看取ったのも この其角である

この句の 越後屋は 三越百貨店の前身のこと
当時の常識を破り 現金掛値なし 反物の切り売りで都の人気をさらった
店頭におしかけた客の注文に応じ 手代たちが つぎつぎに
絹を引き裂いていく 初夏の衣更の季節
まだ ひんやりとした空気のなかに 響く音
都会らしい 洗練の句だ

けれどこれは 表の読み方

裏は 「きぬさく」 古歌でいう「きぬぎぬの別れ」をさす

其角の遊郭通いはあまりにも有名
朝帰りし 通りかかった越後屋の前で
「きぬさく」音を聞き 酒とも女とも別れて こんな生活を衣更したいと
思ったのだろう とも解釈できる
いや 慣れたあまい生活を清算できるほど わたしたちは
賢くはなく 本当に いやおうなく その生活をなくさないかぎり
新しい生活はこない 

きぬさく音は そのとき どれほど 鮮烈なことだろう

その日は 必ずやってくることを  其角は知っていたのだろうと
わたしは思う
師の死を看取り 師より若い47歳で没する 
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by books131 | 2004-05-27 17:22

どこかで逢おう

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飯島耕一の詩「どこかで逢おう」を
今日の詩の学校のテキストにした

いい詩だなあ と思う

どこかで逢おう

そう 会釈して 手をふって 
死んだ詩人の新しい引越先の闇の中へ歩いていく

どこかで逢おう


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by books131 | 2004-05-26 23:15

文藝てくてく

京都芸術センターで
この夏 文藝てくてく の講師をつとめます

http://www.kac.or.jp/event/poet/summerholiday.htm

実は この名前をつけたのは わたし

てくてく 歩いていこうじゃありませんか
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by books131 | 2004-05-25 21:53

いくつもの日記を書くということ

インターネットが普及して 各人が公開日記をもつようになったよね
かくいうわたしも BBSを2本 ブログを1本 
それから別サイトでこのブログをひっぱてこれるサイトをひとつ http://mixi.jp/home.pl
ホームページの管理をお仕事として1本
自分の公式サイトを1本 そのなかには別のサイトを内包しているから それもまた

電脳の海で漂っている毎日です

漂っているのは 
見た目には 画像とことばで
その裏側は よくわかんない アルファベット群で
それらを形成しているのは タマシイなんだろうか とか

で 日記です

こんなに日記を書いて どうするんや

仕事として 原稿をかく 言葉をかく
詩 エッセイ コラム 小説もどき キャッチコピー 企画書 覚え書き うんぬん
そのうえに 日記

本来 書かれたことばは 
開かれてゆく意志をもちはじめたら
公になればいい とわたしは 思っている

開かれていくことの こころの訓練を
している最中なの 
なので 日記の公開を はずかしげもなく しているのだなあ

うっかり 現代文学やるねん と はじめてしまった ブログと
日々 となづけた BBSでありながら 
ほとんど書き込みは わたしだけなので 日記と化しているロケット
http://www2.rocketbbs.com/420/kanayo.html

このふたつの日記の差異さえ
みつけられないまま
それでも キーボードをたたき
電脳の海で 漂いながら 光をめざし
読んでくださる方の毎日の暮らしの 機微にふれたら うれしい
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by books131 | 2004-05-25 14:01

沖縄三味線をならったこと

一度だけ 沖縄の三味線をならった
「さんしん」と発音する

奈良県育ちのわたしが沖縄にであったのは 
もう10何年以上も前のことで
当時 高校生だった

文通していた方が 東京で
若者たちといっしょに いろんな試みをしていて
フィルドワークや勉強会などをおこなう合宿を主催していた
それに 参加しようとおもって 両親に頼み込む
東京へでかけたわたしは そこで
沖縄から 生徒たちを引率していた先生としりあうことになる
ながく 時間を話したわけではないが
年賀状をやりとりした
その1年後 高校を卒業するさい
いわゆる 卒業旅行を 沖縄一人旅をやりたいとおもい 奔走
といっても 旅費は両親にもらってるので
両親のおかげなのであるが

その先生に 保護者役割をお願いし
今からおもうと どこの娘かもわからないものを
よくぞ まかしてください と引き受けてくださったものだ

そして一週間 沖縄のすみずみ
観光客のいかないところまで
暮らしの機微から戦争の重さまで じっくりとみせてもらった

たちうちできない情報量に 幼いわたしは おののく

現代を 金太郎飴みたいな 予定調和な それでいて核のない毎日だと
思っていたわたしは
世の中には おおくの かなしみや苦しみが積み重なり
不条理で傲慢で無意識な罪があることを知る

 知ってしまった者は死刑だ

というフレーズが 当時のわたしの詩のなかに盛り込まれている

それから 時間が経過して 今は

死刑なのではなく
じゃあ どうするねん と自問自答のすえ
ともかく 想像力と 覚悟をもって 人生に後悔のない
判断をして 行動していくしかないのだと 思っている

昨年 ココルームを会場にして
「人類館」を取り扱うシンポジウムがあった
関西沖縄文庫の金城さんが催されたもので
それをきっかけに おはなしをきいたりする機会がふえた

そこで 語られたことは
厳しくも 筋のとおったもので 一貫していた

沖縄人ではない ヤマトンチューである自分は
さんしんを手にしたとしても 沖縄にこころがむかうのではなく
自分にむかっていくしかないのだと 思う

いちどだけ さんしんを手にし 観光客気分で
一枚の写真だけが残っている
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by books131 | 2004-05-23 12:39

倫理とタマシイについて

「市場の倫理 統治の倫理」を読む地下鉄

歴史をひも解き
語り合い
ビジネス新聞をよみ
倫理 道徳について 考えさせられる

倫理とタマシイ

どうやら わたしには この2語がキーワードみたいだ

本書では タマシイについては
言及されていないのだけれど
わたしの胸には この言葉が ぐいぐい響いてくる

だから どうしたらいいのかは
皆目わからないのが困る

しばらく 作業しながら 考えてみることにする
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by books131 | 2004-05-21 13:17

あなたにあいたくて生まれてきた詩

宗左近さんが詩を選んだ人

カスタードクリームのような装丁
とっておきの であい
おやつのような

今日は この詩集をぱらぱらめくり
こんどの 親子向け詩のワークショップのレジメをつくるの

  泣きながら北に馳せ行く塔などの
  あるべきそらのけはひならずや 

「泣きながら」 この詩の作者は 宮沢賢治

塔が泣くわけもないし
北に歩いていくこともないのだけれど
心象として 感じいるものがあるよね

そんなことをおもいながら
さて 仕事しよ
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by books131 | 2004-05-20 19:03

月光にいのち死にゆくひとと寝る

橋本多佳子のこの句が ページをめくるとでてきた
「百人一句」

壮絶な美しさのとおりの人生を生きた人なのだろうと思う

この時代 女は束縛される家庭人だった

現在とは ずいぶん違う

わたしなど 家族こそいないものの
ゆったりとした暮らしなんて ほどとおい

お部屋に おおきな冷蔵庫もあるのに はいってるのは
期限のきれた調味料と コンビニで購入したヨーグルトとアイスクリームくらい

おうちでしてることといったら 洗濯と お風呂と 眠るのと 着物の倉庫でしかない
これじゃ 家庭人にもなれやしない
こんな暮らしが もう3年ほどつづいていて
これからも しばらくはそうなんだろうと思う

かつて 一人暮らしのなかで
掃除も好きになったし
ご飯をつくって 一人で食べるのも 友人を招くのも好きだったし
食器なんて 30人分くらい集めていた
それも てづくりの作家ものばかり

これが 先日 よっぱらった妹が倒してしまって
全壊した

妹は 翌朝にずいぶんと落ち込んだもようであるが
わたしは ま しかたないなあ と あまり気にしていない
たしかに 貴重な品々であったし 愛していたし
大切なものだ

ものは壊れる

それが いまだったとは 
つくづく 神様もタイミングを選ぶものだ

月光にいのち死にゆく人の傍らで
こんなに冷静でいたのだろうか 多佳子も
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by books131 | 2004-05-17 21:09

語るべきことばを持たないとき

感情でことばを扱わないように と自戒している

修行中なので 知らぬまに 感情的になってることもあり
そういう時は あとから反省しきり

疲弊して
感情もなにも 発動せず ただ語るべきことばがない時もある
それでも そういう時の沈黙は 逃げである
引きの感情 といおうか
それを乗り越えるためには 
勇気がいる

発言すれば また責任をとるために 
考えたり 動かねばならず
パワー不足の時には つらいけどね
それでも 怠慢したら あかんよね

ことばに注意深く生きるのは
たしかにしんどいことだけれど
大事なことだと 思うんよ
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by books131 | 2004-05-12 18:07