第41回釜ヶ崎越冬闘争

第41回釜ヶ崎越冬闘争 活動内容と日程
参加・協力お願いします!

南港臨時宿泊所 受付相談と監視行動
12月29日・30日   担当 医療連
大阪市立更生相談所前
年末、年始の職がなく生活が苦しい期間、大阪南港に臨時宿泊所が設置されます。この申し込み受付は地区内にある市立更生相談所にて行われます。ここで行政による不当な申し込み拒否がないように見守り、労働者の相談やアンケートを行います。

炊き出し 担当 反失連
12/28~1/7 夜6:00配食 → 三角公園
三角公園で炊き出しを行います。もちつき大会をはじめ、ぜんざいや雑煮などを用意していきます。
(※炊き出しのメニューや日程は変更の場合があります)

お礼参り
1/4 朝7:00~ → 三角公園集合
行政が仕事始めの日の朝、三角公園で参加者全員で朝食をすませた後、勝利号と名づけられた大型バスにて、大阪市・大阪府へと向かい、要求書を提出します。

ドキュメンタリー上映 NDS
12/28三角公園 12/29-31 ふるさとの家
12月29日から31日の三日間、ふるさとの家にて「釜ヶ崎から沖縄・朝鮮・在日を考える」(仮)というテーマでドキュメンタリーの上映会を行います。皮切りとして28日、三角公園にて―日本列島を疾走した幻の演劇集団・曲馬館の記録「風ッ喰らい時逆しま」を上映します

越冬祭り 担当 実行委員会
12/30~1/3 → 三角公園
三角公園で焚き火を囲みながら、恒例のど自慢大会やもちつき大会。体も少しは動かそうとの卓球大会にソフトボール大会。そして、本年は新たに、何かひとこと言わせろよとの一言発言大会、新年書初め大会も加わり、演歌、フォークからロック、ジャズ、ブルース、ラップそしてエイサーまで心ある音楽家たちの演奏も盛りだくさんです。そして、労働者が主人公との原点に立ち返り、釜ヶ崎の暮らし役立ち情報(労働、福祉、医療など)の告知も行っていきます

布団敷きと警備
12/28~1/4 夜7:00~翌朝5:00
野宿をする人たちの大きな心配の一つに、通行人の嫌がらせや、若者らの襲撃から身を守らなければならない、ということがあります。遊び半分で道頓堀川に放り込まれて溺死させられた藤原さんや、天王寺で殺害された小林さんなど、被害は後を絶ちません。そこで年末年始の越冬期間、安心して寝られる場所の提供ということで、社会医療センターの軒下で布団を敷いて集団野営を行います。
夜7時から布団敷きを始め、翌朝5時までの夜を徹して番をします。一部のメンバーはそのまま朝5時から朝7時までのセンター情宣「日刊越冬」の配布にも参加します。
正月を迎えると支援者の参加が落ち込み人員不足で厳しくなりますが、「一人の餓死者、凍死者も出さない」越冬闘争の基本となる活動であり、決して欠かすことはできません


人民パトロール
12/30~1/3 夜8:00~夜10:00
越冬闘争に参加してくれる労働者、地域住民、市民、宗教者、学生など、様々な人たちが集まって行うパトロールです。地区内外のいたるところで野宿を強いられている仲間たちに、釜ヶ崎では越冬闘争が行われていることを呼びかけます。「炊き出し」「寝床」「医療・労働などの相談活動」「越冬まつり」などの情報とともに、カイロや食糧などの支援物資をわたしてゆく活動です。
年末・年始の楽しげに着飾った街中では奇異な活動に見えるかもしれませんが、誰もが新たな年を迎え心躍るお正月を失業し、野宿で迎えざるをえない労働者たちがいるのも事実です。
越冬期間中、その日の「越冬まつり」が終了する時間に参加者を募り、大阪市内の各地へと向かいます。

資材管理 協力:釜ヶ崎支援機構
12月ごろ~
必要な資材を集め、越冬闘争を下支えする仕事です。毛布や布団、カンパを集め、三角公園で仲間たちが暖をとるためのたき火や、炊き出し用の薪を調達。当日はたき火の管理などを行います。12月頃から動き出します

医療パトロール 担当 わてらと釜ヶ崎
12/28~1/7 夜9:45~夜11:30 → 医療センター前集合
野宿をしいられている人々の安否を気遣いながら、地区内外を夜回りします。医療センター前の集団野営地と連携を取りながら、緊急の場合には医療機関につなぎ、健康状態を気遣いながら活動を行います。



第41回釜ヶ崎越冬闘争 基調報告

闘う仲間の皆さん。

今年もまた、越冬闘争の時期になりました。昨年来の釜ヶ崎の失業(アブレ)は一向に改善の方向が見えません
それに追い討ちをかけるように例年にない猛暑の夏でした。多くの仲間がアブレと猛暑の辛い一年と思い返しています。
反失連、釜日労はこうした厳しい釜ヶ崎の状況を踏まえて、多くの闘う仲間達と話し合い、早々に第41回の越冬闘争実行委員会を立ち上げてその体制を構築してきています。
今年の越冬闘争は、『安心して働き生活できる釜ヶ崎』を目指して営々と戦われてきた歴史に新たな時代を切り開くものにしなければなりません。
思い出してみよう。僅か二年前の年末を!マスコミでは、連日非正規労働者の解雇、失業が取りざたされ、「日比谷派遣村」が大きな注目を集めていました。百年に一度と言われた大不況が大津波のように世界お日本を駆け巡り、経済成長はいっきに減速し更にマイナスに落ち込んでいきます。米国はもとより日本で欧州で更には新興国までも飲み込んだこの恐慌的状況に各国は野蛮なまでに危機の犠牲的転化を労働者、被抑圧民族に強制しています。

何が変わり、何が変わらなかったのか?

最後の自民党内閣となった麻生政権は、緊急雇用対策・景気対策として実に75兆円を投入し、更にその政権維持のため選挙直前には15兆円を補正予算として、事態の打開を図るのですが。しかし、こうした政府の思惑など資本主義の危機には全く通用しませんでした。
失業率はうなぎ上りにあがり、企業倒産が激増し。完全失業率は6%直前まで急上昇し、その実数370万人、更にその裾野には年収144万以下の相対的貧困層が500万人、
こうした「世界」を出現させています。それらを生み出したのは言うまでもなく、新自由主義グロバリーゼイションの時代です。小泉政権をその象徴としたこの時代は、市場原理主義の下、均衡財政、福祉及び公共サービスの縮小、公営事業の民営化、規制緩和による競争促進、労働者保護の廃止、そして競争志向の合理的経済人という人間像が理想とされる社会を作ったのです。日本の社会構造は競争原理と自己責任論によって席巻され、「派遣」「失業」「ホームレス」が当たり前の事として語られるに至っていたのですが。自公政権はこの事態に使い古された「財政出動」と「緊急対策」を乱発しただけでが、なんらの有効な施策も実行できず瓦解しました。
それに変わって民主党の鳩山連立政権が登場します、この背景には失業と低賃金という未来の見えない時代閉塞への変革を求めた3000万有権者の願いが込められていました。
「コンクリートから人へ」あるいは「子育て、医療、雇用、など人の命まもる」として今年度の国家予算を過去最高の92兆290億とし、生活保護費を含む社会保障費27兆を投入しています、更に改善の兆候の全く見えない雇用対策費として8456億を投入して雇用の確保をめざしたのですが。しかし、その施策は一面では55年体制に基づく自民党政権下での疲弊しきった社会構造への選挙対策的場当たり的対応であり、財源の裏付けのない施策は「当面」とか『緊急』対策でしかないものでした、それゆえに実行性、有効性に乏しく、また長期的展望の見えないバラマ施策の下で多くの労働者の失業や野宿状態は長期化し、相対的貧困層の多くが時間とともに絶対的貧困へと移行せざるをえなかったのです。

沖縄普天間基地撤去、辺野古新基地建設阻止、
沖縄民衆と連帯して闘おう

民主党は外交においては「日米関係の見直し」をマニフェストに掲げ、沖縄米軍基地の整理縮小を表明してきました。だがその象徴ともいえる普天間基地移転は沖縄民衆の願いを裏切り、米国の圧力に屈して「新たな日米合意」の名の下に辺野古沖移転という事態で「結着」させようとしています。その背景には中国、共和国への「脅威」論で沖縄の米軍基地の固定化の狙いがあり、またその背後には日米安保を国是としてのあらたな改憲策動があることを見落としてはなりません。
昨年一昨年と、改憲にむけた「国民投票法」の成立が画策されました。その流れを引き継ぐかのように先月民主党の「外交安全調査会」が新たな「防衛大綱」の骨子を提案しています。
主旨は(日、米、韓)の共同作戦を念頭に置いた「集団的自衛権の行使を禁じる憲法解釈の見直し」「武器輸出三原則の緩和」です。
大綱が作成された79年以来のその基本原則である、「基盤的防衛力構想」(専守防衛)を「もはや有効ではない」として、「脅威対抗型」へと転換させるものであり。さらに、非核三原則を見直し米軍の核持込を容認する、極めて危険な内容となっております安保、沖縄、改憲阻止の闘いに注目していかねばなりません。
時を同じく、台頭する排外主義勢力との対決はもはや不可避です。街頭に突出する「在特会」や「主権回復」などへの幅広い反排外包囲の形成と対峙、そして前航空幕僚長田母神や「立ち上がれ日本」の平沼、小池百合子などを中心にした「新しい保守」の政治的進出、こうした愛国的排外主義勢力は早晩差別、排外の本質をむき出しにして被抑圧民族や社会的に排除された「弱者」へまた、搾取と抑圧と闘う労働者へ、その矛先を向けてくるのは明らかといえます。
我々の闘いの武器は労働者の連帯であり世界の闘う人民との連帯です。
とまれ、鳩山政権は自壊しました、時代の変革を求めた3000万有権者の願いは「絵に描いた餅」だけが残されたといえます。7月参院選で民主党は大敗北を喫しました、では自民党の勝利か、そうでもありません。一言でいえば未来を託す政党無き選挙とでも表現できるのではないでしょうか。それは失業、貧困、の固定化と先の見えない時代に、未来を託すべき政治勢力の不十分さの表現とも言えます。
民衆の連帯と団結が今こそ強く問われています。



釜ヶ崎の闘いの伝統を守り更なる前進を勝ち取ろう

我々の要求は常にこの40年変わっていません。それは使い捨て自由の釜ヶ崎労働者の働く権利を守り、また作り出すことでした。1994年11月に始まった特掃事業は、センター清掃30名、地域内20名のわずかな輪番就労から始まっています、しかもその事業は4ヶ月の期限付きというものでした。だがそれにいたる道のりは、センター夜間開放闘争、府庁玄関前座り込み、さらには野営闘争と戦いの連続の結果であり、粘り強い対市府との交渉の結果でもあったのです。その後も戦いの手を緩めることなく戦い続けNPOを作り出し、シェルターを立ち上げてきています。
我々のこの成果は単に釜ヶ崎の「独特」の仕組みというよりも、その後の日本経済の動向や旧来の雇用制度と重ね合わせて見たとき、その先見性は明らかです。一昨年のリーマンショック以降の雇用崩壊の最大の原因は言うまでもなく労働者派遣法であり、現在1320万人実に全労働者の3分の1が非正規雇用となっています。
釜ヶ崎はいつの時代も日本の資本主義の負の側面の集中した街を強制されてきました。政治においては官僚主導の労働者の黙殺。経済のおいては公共事業中心の利権経済。そして社会保障を犠牲にしての経済成長神話。その下でその成長を支えたのは言うまでも無く低賃金と無権利。そして景気の調整機能を持たされた釜ヶ崎であり、その労働者であったのです。
史実はそのことを明らかにしています、高度経済成長へと向かう産業再編で仕事を奪われた失業者を関西経済の発展の礎に使い捨てと見越し上で、その象徴たる大阪万博とその関連事業に取り込ん歴史があります。そして全国規模での求人を府市あげて展開し、旧来の寄せ場を、建労法という法律で人夫出し(派遣業者)を半ば合法化し、更にあいりん職安労働福祉センターを建て、日雇い雇用保険と日雇い健保で福利厚生をはかり、「近代的」一大労働市場を目指したのです。
だがこうして作られた労働市場は第一次石油ショックとその後のバブル経済の崩壊と大リストラの時代、その後の10年で一挙に変貌していきます。99年まで続いたバブルの後遺症は不良債権の処理に追われ、公共事業の縮小、財政再建が日本の国是となっています。
釜ヶ崎はこの時代から失業と野宿と高齢者の街へと変貌していくのです。そして、毎年縮小する建設土木業界と、新たに労働人口を吸収すべき産業構造の転換もない中で、失業者のはきだめとされていくのです。利益優先の企業にとって利益見通しの無い設備投資や工場建設や事業拡大はその眼中には全く無くなっていきました。
彼らはこの時代に労働者派遣法を利益出しの制度としてつくり上げます、終身雇用や労働者の生活と権利など無視した、非正規雇用労働者を大量に単純労働に吸収していくのです。
2003年から2007年まで日本経済は内需拡大の時期を経過しています。それを支えたのは言うまでも無く非正規雇用労働者でした。企業利益はその犠牲のうえに積み重ねられ、内部留保として金庫の中に積み上げられていくのです。低賃金と過剰労働、それに異議を言えば次は解雇、失業が当たり前のように行われ、労働者は個々に分断され、一部の特権的正社員と膨大な低賃金労働者という格差社会を出現させたのです。
2007年から日本は内需から外需いわゆる貿易収支で大幅な黒字をあげています。なぜ国際競争力が高まったのか。それは低賃金と非正規労働者の生み出した安い商品で価格競争に勝っていたからです。さらに企業は過剰在庫で資金を眠らせたりする必要はなくなった。非正規社員は企業からみれば商品であり在庫の処理は「解雇」で調整できるからです。
我々はこうした失業と貧困が社会を席巻している時代を闘っているのです。失業と野宿の時代ともいって良いでしょう。したがってこの時代に合致した戦いを作り出していくことが問われています。「仕事させろ」。「野宿をさせるな」と行政に要求することは大いにしなければなりません、だが同時に単に行政を糾弾し「闘って」いるフリりをして、崩壊した古い仕組みを求めてもなにも生まれてこないのです。まず、すでに我々が手にしている、釜ヶ崎の特掃を守り拡大させ、更に年齢制限のない仕事を作ることを目指すべきです。それは社会的就労事業であり公的事業の創出といってもいい。民間の企業には再雇用を要求するだけではなく、溜め込んだ資金で社会的に有用な事業を作らせ雇用の場を確保させていく必要があります。また公的事業の分野では環境保全などでもう何年も「利益にならい」と捨て置かれてある分野は山ほどあるではありませんか。
また、2006年の「西成区の生活保護の現状」で明らかにされたように、高齢生活保護受給者は社会との結びつきを強く求めています。こうした人々にその体力にあった、ボランティアや軽作業への参加で生きがい事業を作る必要がいま問われていると考えます。さらに稼動年齢層の生保受給者の生保からの就労の道筋をしっかりと示していかねばなりませ
ん。そのためには産業構造の変化に有効な職業訓練制度を充実させ、更に画一的な職業訓練を短期的なモノではなく長期的な視野にたった課題を含めていくべきである。

今こそ安心して働き暮らせる釜ヶ崎を。
正規、非正規、労働者の団結を創り出そう

「2兆円で元気な日本復活」を叫ぼうが「経済成長で雇用拡大新しい公共」を叫ぼうが失業率は5%を下回ることは無く高止まりしています。生活保護は200万世帯に近着き、失業、貧困、出口の見えない生活保護、大卒の就職内定率58%、女子短大卒内定率22%、
しかし、今年9月一部上場企業の中間決算では営業利益で9兆円を超え、内部留保は202
兆円となっています。更に企業の国際競争力の強化のためとして、法人税5%が減額されることが決まりました。経済成長が雇用を生み出すという神話が崩壊しつつあります。企業は更なる利益を求めて国内労働者には失業、低賃金と過重な労働をしいながら、再雇用を抑え新興国への設備投資を強めている。
こうした状況の下で全国の労働者が反失業、不当解撤回、労働条件の改善等を目指して闘いを繰り広げています。マスコミは貧困やホームレスの状態に置かれた人々の悲惨さは報道するが、それから立ち上がった仲間は無視され続けています。
だがその背後で燎原を焼き尽くすかのように、労働者の闘いは広がっている。昨年度の政府公表資料でも「総合労働相談件数」はなんと108万件もあり、訴訟や労働審判に不当解雇や賃金未払い等を訴え闘っている仲間は4500件に上っているのです。その中には少ない働く仲間の力を支えに解雇の不当を闘う仲間が数多くふくまれているはずです。
今年度は更にその数は増えるでしょう。一刻も早く孤立して闘う仲間や、闘いの術さえ知らない仲間が団結していく回路を作り出さねばなりません。そして、訴訟も闘いの一手段としつつもあくまでも労働者の権利を労働者自身の団結の力で守り、勝取っていく陣形を創らねばならないと確信します。

2010年12月12日   第41回越冬闘争実行委員会



第41回釜ヶ崎越冬闘争スローガン

安心して働き・生活できる釜ヶ崎を創ろう?

☆.越冬闘争を闘うぞ、仲間から餓死、凍死者を出さないぞ!
☆.仕事をよこせ! 野宿をさせるな!
☆.大阪市府は越年対策を、根本的に見直しをしろ!
☆.緊急雇用対策の継続と特掃週3回を実現しろ!
☆.社会的、公的事業で年齢制限のない仕事をだせ!
☆.稼動年齢の生保受給者に仕事と職業訓練を充実させろ!
☆.高齢生保受給者への生きがい事業を創れ!
☆.国の責任で失業野宿を解決しろ!

☆.排外主義の台頭を許すな、大阪府知事の朝鮮学校差別を許すな!
☆.派遣法改正を早急に実現せよ!
☆.1919億円の米軍「思いやり予算」より仕事をよこせ!
☆.菅政権は沖縄民衆の声を無視するな!
☆.沖縄普天間基地を撤去、辺野古新基地建設やめろ!
☆.安保条約を破棄しろ! 米軍はイラク、アフガンから出て行け!
☆.九条改憲策動を許さないぞ!
☆.正規、非正規労働者の団結を勝ち取るぞ!
☆.全世界の労働者、抑圧された民衆と、連帯して闘う
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by books131 | 2011-01-01 02:59 | イベント転載